対話の解像度を高める:曖昧さを排し、合意形成を導く確認術
職場におけるプロジェクト推進や会議の中で、異なる意見や認識のズレに直面することは少なくありません。論理的に物事を組み立てることは得意でも、そうした状況でのコミュニケーションに難しさを感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。特に、話の「前提」や「意図」が共有されていないために、議論が平行線を辿ったり、後になってから認識の食い違いが発覚したりすることは、業務の停滞や人間関係の摩擦を引き起こしかねません。
本稿では、こうした対話における曖昧さを解消し、明確な合意形成へと導くための「確認術」に焦点を当てます。具体的な会話のフレーズと、その背景にある心理学的な視点を通じて、対立を乗り越え、より建設的なコミュニケーションを実現するヒントを探ります。
認識のズレはなぜ生じるのか
私たちはそれぞれ異なる経験や知識、価値観を持っています。そのため、同じ言葉を聞いても、心の中で描くイメージや解釈は人それぞれ異なる場合があります。例えば、「迅速に対応する」という言葉一つ取っても、ある人にとっては「数時間以内」を意味するかもしれませんが、別の人にとっては「明日まで」を指すかもしれません。
このような認識のズレは、以下の要因によって引き起こされることが多々あります。
- 前提条件の不一致: 話し手と聞き手の間で、共有されているはずの背景知識や状況認識が異なっている場合です。
- 言葉の多義性: 同じ言葉でも、文脈や個人の解釈によって複数の意味を持つ場合です。
- 非言語情報との齟齬: 言葉で伝えられている内容と、表情や声のトーンといった非言語情報が一致しない場合、聞き手は混乱します。
- 心理的バイアス: 人間は、自分の見たいものを見、聞きたいことを聞く傾向があります(確証バイアスなど)。これにより、相手の言葉を自分の都合の良いように解釈してしまうことがあります。
これらの要因に対処するためには、対話の中で積極的に「確認」を行うことが不可欠です。
対話の解像度を高める三つの確認術
曖昧さを排し、共通認識を構築するためには、意図的に、かつ丁寧に確認を行う習慣が重要です。ここでは、具体的な三つの確認術をご紹介します。
1. 相手の言葉を「言い換える」:パラフレーズ
パラフレーズとは、相手が話した内容を自分の言葉で要約し、相手に返して確認する傾聴のテクニックです。これは、単に「聞いている」ことを示すだけでなく、自分が正しく理解しているかを確認し、もし誤解があればその場で修正できる機会を提供します。
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実践フレーズ例:
- 「〇〇さんの話をまとめると、『現状のシステムにはAという課題があり、それを解決するためにBという機能が必要だ』という理解で合っていますでしょうか。」
- 「つまり、『このタスクは今週中に完了させる必要がある』ということですね。」
- 「〇〇さんが懸念されているのは、『その変更が既存システムに与える影響』ということでしょうか。」
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心理的効果:
- 相手は自分の話が正確に理解されていると感じ、安心感と信頼感を抱きます。
- 話のポイントが整理され、論点が明確になります。
- 誤解が早期に発見され、手戻りを防ぎます。
2. 意図や背景を「深掘りする」:具体的な質問
「なぜそう考えるのか」「具体的な状況はどうなっているのか」といった深掘りの質問は、相手の意見の根拠や、その発言に至った背景にある意図を理解するために非常に有効です。特に、論理的な思考を重視する方にとっては、具体的な情報に基づいた共通認識の構築が、スムーズな合意形成につながります。
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実践フレーズ例:
- 「そのように考えられるのは、どのようなデータや経験に基づいているのでしょうか。」
- 「『〇〇が難しい』とのことですが、具体的にどのような点が障壁になっていますか。」
- 「この施策を進める目的は、具体的にはどのような効果を期待されていますか。」
- 「〇〇さんがこのアイデアを出された背景には、どのような課題意識があるのでしょうか。」
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心理的効果:
- 相手は自分の意見が真剣に受け止められていると感じ、より詳細な情報を提供しやすくなります。
- 表面的な意見だけでなく、その背後にある「真のニーズ」や「懸念」を把握できます。
- 問題の本質を捉えることで、より効果的な解決策を共に探る土台ができます。
3. 共通認識を「確認し合う」:最終合意形成の土台
議論がある程度進み、具体的な結論や行動計画に移る前には、全員が同じ認識を持っているかを最終的に確認することが重要です。これにより、後からの「言った、言わない」のトラブルや、認識のズレによる手戻りを防ぎます。
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実践フレーズ例:
- 「それでは、本日の議論を踏まえ、以下の3点について認識に相違ないか確認させてください。一点目は…、二点目は…、三点目は…。」
- 「この件に関する次のアクションとしては、私が〇〇を行い、〇〇さんが××を行う、という理解でよろしいでしょうか。」
- 「現状、この課題に対する我々の共通認識は『〇〇である』と理解しておりますが、他に何か懸念点や補足はございますか。」
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心理的効果:
- 全員がコミットメント意識を持ち、次の行動に移りやすくなります。
- 不確実性を排除し、プロジェクトの遅延リスクを低減します。
- 透明性が高まり、チーム全体の信頼関係が強化されます。
確認術を実践する上での心構え
これらの確認術を効果的に活用するためには、テクニックだけでなく、いくつかの心構えも重要です。
- 相手への敬意: 確認は、相手を試すものではなく、理解しようとする姿勢を示すものです。常に丁寧な言葉遣いを心がけ、相手の意見を尊重する態度を忘れないでください。
- 「わからない」ことを恐れない: 専門家同士の会話でも、認識のズレは起こりえます。疑問に思ったことは臆することなく確認する勇気が、結果的に効率的な仕事につながります。
- 非言語情報にも注意を払う: 相手の表情や仕草、声のトーンからも多くの情報が得られます。言葉と非言語情報が一致しない場合は、特に注意深く確認を行う必要があります。
まとめ
対話における認識のズレは、職場のあらゆる場面で発生しうる自然な現象です。しかし、それを放置することは、プロジェクトの遅延や人間関係のストレスへとつながりかねません。今回ご紹介した「言い換え」「深掘り」「共通認識の確認」といった確認術は、論理的な思考を基盤としつつも、相手の心理に配慮した実践的なアプローチです。
これらのスキルを意識的に活用することで、対話の「解像度」は格段に向上し、曖昧さを排した円滑な合意形成が可能になります。それは、単に仕事の効率を高めるだけでなく、互いの理解を深め、より強固な信頼関係を築く上でも不可欠な要素です。ぜひ、日々のコミュニケーションの中で実践し、対立を乗り越え、建設的な関係性を育む一助としていただければ幸いです。